【本】「諦める力」為末 大

「諦める力 ~勝てないのは努力が足りないからじゃない」為末 大

為末さんは、男子400メートルハードルで、2001年エドモントン世界選手権と2005年ヘルシンキ世界選手権で銅メダルを勝ち取り、オリンピックには3度出場したが残念ながらメダルは取っていない。

この本を読むと、以下のことが私には印象的だった。

(なお、完全な引用ではなく、備忘録代わりのメモ書きです)

「諦めること」と「逃げること」は一緒ではない。

「諦める」は物事を「明らかにする」という意味がある。陸上競技の花形である100メートルから400メートルハードルに転向したのは、勝てる見込みのない100メートルを諦めて、勝てるフィールドの400メートルハードルに変えただけ。「世界の舞台で、勝つことを諦めたくなかったから」

勝ちやすいところを見極める。

憧れの人は自分の延長線上にいるか?自分とよく似たタイプか?違う場合、自分の短所を埋めてるつもりが長所ごと削っていないか?を見極める。競技の選択も、自分の姿形や競技特性、小さい時から始めていたのか、などで違う。ジョブズに憧れても、自分の体と性格ではなれないものがある。

戦略とは、トレードオフ。駄目なものは駄目。自分の強みをどう生かして勝つか?勝ちたいから努力するより、勝てるフィールドを探す方が勝率は上がる。「だって、僕がこの分野に行けば有利なんだよね」から考える。孫子の「戦わずして勝つ」。努力が娯楽化するのが最高の戦略!努力が楽しい(^^)

今の人生の横には、別の人生が走っている。「この道が唯一の道ではない」、そしてルートは違えど、ゴールが同じ場合もある。

「飽きた」という理由でやめてもいい。「やめる」「諦める」は選び直す、修正すると同じ。自分を責めずに、「自分には合わなかった」。他に合うフィールドがあるかもしれないから、諦めて、やめて、移動するだけ。

転職した人に理由を聞いたら、「飽きたから」。「それだけ?」「はい。それだけ」。転職理由を聞いたなかで、最も清々しい言葉だった。

僕が現役を引退した時の思いも、「気がすんだ」から。

僕は世界一を意識するのが遅すぎた。・・・僕は弱かったから、環境の力をてこにするために、「なりたい自分」になれる場所を選んできた。人は場に染まる。普通の人がトップレベルにいくにはトップレベルにたくさん触れることで、そこでの常識に自分が染まってしまうほうが早い。

夢が可能のはごく少数。メダリストの影には、何百倍のアスリートが負けている。

自分の人生の幸福の基準をしっかり持っておかないと、他の人の幸せに影響を受け、幸福度が低くなってしまう。のんびりした人生を送りたいのに、夢の実現に切磋琢磨している人が見て焦ってしまうなど。

金メダルはどの種目であっても金メダル。

でも、日本人は既存のランキング好き。誰かが設定したランキングから抜け出せない、他者評価を求めすぎて権威あるランキングに振り回されることになる。自分なりのランキングを持つと、他者評価自体を客観的に見ることができる。

努力には「どれだけ」がんばるか以外に、「何を」「どう」がんばるか、がある。「何をがんばるか」を選ぶ努力には、冷静に自分を見て駄目なものは駄目と切り捨てる作業がいる。「積み重ねる努力」だけでなく、「選ぶ努力」が大事。

「俺的ランキング」自分に向いてる仕事を作る、自分が一番になれる仕事を作る、でいいんじゃね(笑)

どこで、どの範囲で一番になるかを自分で決める。世界ランクのトップを目指さなくても良い。井の中の蛙と言われても、自分が決めたところなら、「自分はこれで満足だ」と。

がんばらなくてもできてしまうことはなにか?

Facebookには「見て欲しいもの」が溢れている。

誰かに褒め続けられていないと、自分が成し遂げた事を確認できない依存症にならないように。他人由来の幸せは、移ろいやすい世間の評価に振り回され続けることになる。幸せは、外や先にはなく、今ここにしかない。

諦めないことは一つと決めて、残りは割り切ると、幸福感が実感できる。手に入れる幸せと手放していくことの幸せ。トレードオフ。

最近読んでる本には共通点があって、幸せの軸は自分で決める。他人の評価に気を取られない、といったこと。そこがまさしく私の弱いところなので、余計に気になるのでしょう(笑)

だから、Facebookはあまり見ないようになりました。

そして、勝つフィールドを見つける!どんなことが楽しいか、何で勝ちたいか、勝てるか、も。挑戦中です(*^^*)

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